2013年6月2日日曜日

クレモナの名器 虚構と真実① ブラインドテストの結果に想う

テレビ番組で、ストラディなどの億単位の名器と十万円台の普及品のヴァイオリンを二つを弾き比べ、当てるというものがある。番組自体は、脚本通りの展開ではあるのだが、そこも含めて、おもしろおかしく見させてもらっている。また確かに普及品とストラディでは、音色に違いがあることがわかる。

しかし、現在の一流と言われる製作者の楽器と昔の名器では、どれくらいの違いがあるのだろう。

だいぶ以前に、テレビ(確かNHK)で、いろいろなヴァイオリンを観客には演奏している姿が見えないようにして、よいと思う順番をつける(か、ストラディをあてるだったか)という番組があった。弾く楽器は、ストラディ+四つぐらいの楽器で、ストラディ以外の楽器は、19世紀から現代の製作者による新作で、楽器としてはよいものである。

こういう試みは日本だけでなく、外国でもよくおこなわれるようだが、結果はいずれの場合でも、決してストラディは上位には評価されない。NHKの場合は三番目ぐらいだったと思う。これは一般の人だけでなく、専門家に聞かせても結果は似たり寄ったりのようである。ストラディの代わりに、同時代のクレモナの名器を持ってきても同じである。
よくクレモナの古い有名な楽器につけられる「特有のシルバートーン」だの「ビロードのような」だの「倍音の多い深い音」だの「遠鳴りのする」だのという言葉は何だという結果である。

これはどう考えればよいのだろう。



何度実験をしても、同じような結果になるということは、明らかに聞いている人にとっては、大きな違いはないということになる。

新作であっても、よい作りをしている楽器であれば、ストラディよりよい音がするのである。


これが「事実」であり「真実」であろう。

 
ただ聴衆という観点から評価すれば、上記のような結果になるのだが、演奏者から見た場合は、評価が違うのではないかと考える。

それは演奏者と聴衆とでは、楽器からの情報量と質が違うからである。聞いている人にとっては、楽器からくる情報は、音のみである。しかし演奏者にとっては、音以外に、発音のしやすさ、音の強弱や音質の変化に対する反応の良さ、持ちやすさ等々と、楽器からくる情報量は格段に多く複雑である。

たぶん、名器とよばれる楽器は、音色も含め、それら総合力が優れていて、自分の思うとおりの表現がしやすいのであろう。そのため演奏者はその楽器を離すことができなくなるのであろう。


このような意味で、あの時期に作られたクレモナの楽器には、演奏者を魅了してやまない優れたものが多いことは確かなのだろうとは思う。

ただ一方、クレモナの名器には、楽器商と評論家が作った伝説的な話が、未だに幅をきかせているのも事実である

同じストラディでも、楽器によって出来不出来があることは指摘されているし、また伝説ができあがってしまっているので、「ステラディ」と聞いただけで構えてしまい、よく聞こえるような気持ちになってしまったり、実際弾いてみて、案外たいしたことないなと思っても、これは楽器を鳴らせない私が悪いんだと思ってしまうということも、実際にある。

西洋人は自分で冷静に判断するので、ストラディだからすばらしいに決まっているという感覚自体がない。弾いてみて鳴らなければだめ、自分に合う、そして自分が納得できる楽器でなくてはだめという感覚で、ストラディがだめなら、違う国の楽器を、それもだめなら、新作でも平気で使用する。

日本人は、どうもストラディ信仰(古いクレモナの楽器一般への信仰)が強いようで、多くのヴァイオリニストが使用している。さすが経済大国、日本であるが、作られた伝説にとらわれている演奏者も多いように感じている。何千万円(というか何億円)もするが、修理をしすぎてパワーのなくってしまったクレモナの古い楽器を無理して使うくらいなら、同じ程度の弾きやすい新作を使われてはどうかとも思うのだが。

追記(2015.5)
   これを記述した時には、クレモナの古い楽器は「音色」に関しては、現代の楽器と差はないが、「演奏のしやすさ」とそれにともなう「表現力」という点では、まだまだ現代の楽器より優れた点があるのではないかと考えていた。
 ところが、ウィキペディアをみていたら、次のような記述があった。以下、引用である。

~ストラディバリウスの音色への疑念~
・・ブラインドテストでストラディバリウスの音色は、1/100の値段で取引されている現代の新作楽器と大差なく、むしろ音色が劣っている楽器もあるとする論文もある。論文はフランス・ソルボンヌ大学のClaudia Fritz氏を中心とする国際研究グループによって作成された。
最初の実験は2010年に実施された。23人のプロ演奏家が、20台のヴァイオリンから「音色」「音の伝達性」「演奏しやすさ」「演奏への反応性」の4点について評価し好ましい4台を選ぶというテストだった。
しかし実際に用意されたのは新作楽器3台と2台のストラディバリウスと1台のガルネリの合計6台で、同じ楽器を違う楽器として複数回演奏させることで判断の精度を高める工夫がされた。比較は真っ暗な部屋で実施された。
その結果、最も優れた楽器として新作楽器が選ばれ、最も悪い楽器として1700年に制作されたストラディバリウスが選ばれた。
実験に参加した演奏者の中は、この実験は「どの楽器が良い楽器か」で選考されたが、「どの楽器がストラディバリウスか」という基準で選考していれば違う結果になったという演奏者もいる。しかしその演奏者も最も音が良かったのはストラディバリウスではなかったことを認めている。
2010年の実験は狭いホテルの一室で実施されたために、 実験環境に問題があると批判されたので、条件を整えて4年後に再実験が行われた。
再実験では5台のストラディバリウスを含む6台のビンテージヴァイオリン が用意され、それらの1/100の価格で取引されている現在のヴァイオリン6台が10名の世界的演奏者によって50分間演奏され、演奏者自身によって楽器 のランク付けを行った。そのランキング上位2つのヴァイオリンと演奏者が自己所有する楽器との比較も行われた。比較はスタジオの他、300人収容の音楽 ホールでも実施された。演奏者は自分が何を演奏しているかは視覚的には把握できないよう配慮された。
選考の結果、新作楽器の1つが4人の演奏者によって 12台中で最高であると評価され、残る6人の演奏者もその楽器を次点として評価した。上位4位までにランクインした楽器の数は、新作楽器:ビンテージ楽器 が4:1であった。
この論文は、現代の制作者の造る楽器の音色は、すでにストラディバリウスを超えていると考えられるとした。2度の実験の結果、双方においてストラディバリウスは演奏者の高い評価を得ることができなかった。・・・・・』
 
 

これは、演奏家による評価であり、評価4項目中、2項目は「演奏しやすさ」「演奏への反応性」が入っている。

それでもこのような評価であるなら、結局、文中にもあるが、現代の一部の楽器は既にクレモナの名器を総合的に超えているのではないかと思う。

クレモナの古楽器は、その能力以上に評価されている部分も多く、そのなかに楽器屋さんが商売のために作り出す伝説も混じり、客観的評価が見えにくい状況があるようである。


閑話休題
ストラディを、くさしてしまう書き方になりましたが・・・・
 ストラディバリウスって、1700年前後の楽器ですよね。日本でいうと将軍徳川綱吉、赤穂浪士とか生類哀れみの令とかのころである。
このころの陶磁器、書画骨董ならざらにあるが、薄い木材でできた楽器ですよ。そしてたぶん、製作されて今までほぼ毎日のように使用された物である。何度も修理もされているだろう。それが今も現役で、現在の楽器に混じっても上位で評価されるって、素晴らしいことじゃありませんか。最上位にいかないのは、たぶん聞いている人の耳に何か「ウワッ」とくるようなパワーがもう不足していることが関係あるように思います。

しかし、何か、オリンピック100m決勝に、ウサイン・ボルトらと混じって、足腰に膏薬を貼った90歳のご老人が出てきてレースをしたら、何回やっても4位ぐらいには必ず食い込んでくるというのは凄じい話だと思います。

こういう木製の楽器って、あと何年ぐらい現役でがんばれるのでしょう。いつかは限界がくるのだと思いますが。

日本の能管は「足利将軍下賜の笛」がまだ現役らしいです。この場合は四百年は経ています。
ストラディ君の若い時の声を聞いてみたいです。きっと人々を魅了する美声だったんでしょうね。だからみんなから大事にされ、現代まで残ったんでしょう。また300年という歳月を生き残るには「運」も必要でしょう。ストラディ君は、人々に愛された幸運な楽器なんですね。

やはり、伝説を除いても、「名器」であることは間違いなさそうです。



 



クレモナの楽器 虚構と真実②

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